2013年10月26日土曜日



急に寒くなってきました。僕は寒いのが苦手です。冬支度を早々にしなければ、と思いながら歩いていたら、近所の石垣の上に可愛らしい芽が出ていたので1枚。

まだ青々とした葉がまるでそれらを見守っているかのようで、その芽は上へ上へと伸びていました。

この「芽」という文字は、並び生えた草」のカタチをかたどったものと、「牙の上下がまじわる」カタチをかたどったものから成り立っています。
そして、牙のように突き出た草木の新しい「め」を意味する「芽」という漢字が成り立ちました。

小さな小さな芽を、牙を、磨きあげる必要があります。やっぱり磨かないと立派な牙にはなりませんもんね!笑

そして何より、「芽」には、はじめ、もと、きざす、という意味があります。
この「芽」を蒔かない事には磨くことすら出来ません。

たくさんの芽を蒔いたら、その分、たくさんの水や肥料、日光が必要です。つまり、たくさんの努力が必要です。やっぱり努力を怠ると芽は枯れてしまいます。

もっとひとつの芽に集中することも大事だな、と思う今日この頃ですが、成長を止めずに芽を伸ばし続けたいものです。

2013年4月29日月曜日


4月は本当に多くの人と出逢いました。

また、本当にたくさんの話をしました。自分の事、相手の事、自分の現在、過去、未来。

ようやくひと段落つき、落ち着いた今だから思えるのかもしれませんが、大きな大きな渦の中で、いろんな「モノ」が交わるかのように、洗濯機の中でいろんな洗濯物がグルグルもみくちゃに洗われるかのように、、、、そんな中に身をおいて思ったことがあります。

「素直である」ということの難しさ。。。

ついつい余計な事を、ついつい自分の事を中心に考えてしまいます。
そこで成長が止まってしまうとも知らず。

前回のブログの「直」の文字に隠れている本質を思い出しました。

「直」という字に「人」という字を加えると、「値」となる。

そう、値、、、すなわち「価値」というのは、人が物の本質を直視する、という意味になるのです。

モノの本質を直視するためには素直でなければならない時もあります。そうでなければそのモノの価値が見えてこないことがあるのかもしれません。
いや、むしろ年齢を重ねれば重ねるほど、その「素直」がなかなかできなくなるほうが問題かもしれません。

それは、経験という言葉に置き換えられるかもしれませんが、それが邪魔をすることもあるのもまた事実。

素直から得た「芽」を、経験という肥やしを与えて育てていく。まだまだ自分にはその作業をしていかなければならないと、改めて思いました。

2013年2月26日火曜日


これ、夕焼けじゃなくて朝焼けですよ~

とある朝方、撮ったもの。いや、撮ってもらったもの。たまたま助手席に乗っていたプロカメラマンに!笑

運転中だったので生では少しだけしか見れなかったけど、撮ってもらったこの写真を見て吸い込まれそうになりました。

ただただ真っ直ぐにこの朝日を見つめることができますか?

あっ、特にこの問いかけには意味はありません。笑

本日は「直」

直は、+(まっすぐってこと)+目+(塀という意味合いの隠す)から成り立ちます。
隠したものにまっすぐに目を向ける、という意味があります。

真っ直ぐ、などの言葉の中でも使われますが、十と目だけなら、まっすぐ前を見つめる、という意味でいいのですが、隠したもの、という意味が含まれているんです。

人は困ったり、悲しかったり、後ろめたかったり、、、、すると目をそむける。
でもそのそむいたものに、いかに目を向けることができるかで、ちょっぴり何かが変わるのかもしれません。

向き合うってのは、そういう事なのかも。

なかなか向き合うのは難しいですけどね。

とりあえず、今はただただ真っ直ぐにこの朝日を見つめてみて下さい。

2013年1月18日金曜日



2013年もすでに2週間以上も過ぎてしまいました。
年明けに書初めワークショップをさせてもらったおかげで、しっかり今年の抱負も決めることが出来ました。ワークショップ後に自分にご褒美。

至福。

甘い。甘すぎる。

いや、ケーキじゃなくて自分に。

今日は雪が舞ってました。朝、小学校の前を通りがかった時、目を疑いました。
半袖でドッチボールする小学生。

見てるこっちが余計さむなりました。

でも、確かに「子供は風の子」なんて昔言ってたように、子供はわりと薄着。

あの頃は確かに薄着で鼻水垂らしながら遊んでたな~。うちらの時は手打ち野球ってのが
流行ってまして、赤白帽子をボールのように丸めて、名前どおり手で打つっていう。。。

ま~それはさておき、久々に昔を懐かしんで学びやの心を思い出したので、

本日は「学」

学の旧字体は「學」。この字は先に言ってしまうと、観測の際に出来た文字なんです。
文字の上のゴチャゴチャしてるところは、真ん中に××とありますが、これは天の中心点と地の中心点を意味しています。

その左右は「手」を表し、その中心点を支えているという意味を持ちます。
そして、その下のワ冠は祭壇、つまり観測台であり、その中にある「子」は、子供じゃなくて、
子午線の子で、方位の「北」を意味しているそうです。

学という字には方角的な意味が含まれているということが分かりました。
幼い頃、自分の人生の出発地点として多くを学び、失敗し、褒められ、傷つけられ、まるで人生の方角を今から決めていく。。。。という意味で学校と称し、用いられているわけではないでしょうが、

寒い中あんなに元気に走り回るチビッ子を見て、さむッッなんて言ってる場合じゃねーと、
俺も歳くったなー、と感傷に浸ってる場合ちゃうでー、と思わなければと思った今日でした。笑