2011年11月17日木曜日

番


ちっちゃーく見える黒いの、コレ、鳥さんです。

夕暮れ時の秋空に、なんかしらん微妙な距離を保ちながら電線にとまる二羽を見て、絶妙〜って思わず一枚!!!

二羽は、まだお互いを意識し始めたばかりなのか?
それともただの片想い?
はたまた倦怠期カップル?
イヤイヤ、両想いなのにまだ恥ずかしくて初々しい距離感。。。と、妄想は膨らむ一方ですね!笑

本日の文字は「番」

これは知ってのとおりバンと読みますが、他の読み方をご存知ですか?

他の読み方は、今回の写真から感じとれるかも?しれない読み方なんですよ。

番は「田+釆(はん)」から成り立っています。

「はん」は、獣の爪のカタチを表した文字で、放射状に広がるという意味があり、また、田畑に種をまくという意味もあります。

さてさて、番の他の読み方なんですが、実は「つがい」でした。

鳥のつがい、という言葉を聞いたことはないですか?
その、「つがい」です。

つがい、ってのは、二つでひと組や夫婦などの意味があります。

関西に出てきて知った言葉で「にこいち」ってあるけど、それと同じ意味合いがあるのかな??

異性でも、同性でもええけど、「つがい」のような、「にこいち」のような存在って、一生のうちにたった1人でも、いや、そのたった1人に巡り合ったらもうけもんやね!

2011年11月6日日曜日

挑



こうやって比べるとちっちゃい手やなー。

このちっちゃな手が、これから何を掴み取ろうともがいていくのか。

既に成長し、これ以上はおそらくおっきなる事はないだろう自分の手。

でも、まだまだ掴み取りたいもんがある!掴み取ろうともがいている。。。

手篇のつく漢字はたくさんありますが、今日は掴み取るために挑戦していく!「挑」という字。

「挑」は、「手+兆」から成り立ち、「兆」は、占いの時に現れる割れ目のカタチを表した文字とされています。よく、良い兆しが、とか言うでしょ?

その兆しを、手という字を加えて割れ目を付ける、かきたてるという意味を表しています。

自らの手で、その兆しを付けるって解釈すれば、まさにその手で掴み取るために良くも悪くも兆しを付けて挑んでいくのは己自身なんやね。

手を握りればまだ力が入る。まだまだ入る。まだまだ、まだまだ入る。

成長したのは手だけじゃないはず!!

2011年10月15日土曜日

救


先日、うちの父ちゃんがベトナムに行ってきました!

出不精の父ちゃんがよう行ってきたもんやわ。帰国して間もなく何枚も写メを送ってきました。

よっぽど楽しかったのか。。。うらやましい!!笑

そんな父ちゃんが、ベトナム旅行の中で見た現実。ベトナムで目の当たりにした貧困の事を言っていました。

他の誰からでもなく、父ちゃんからその言葉を聞き、何故か、ドスッと心に響いた。

やっぱりテレビやネットの映像で見る事はあっても、それを目の当たりにすることはなかったから、意識の中では薄かった。

別に偽善者ぶったり、聖職者を目指してるわけじゃないけど、東日本大震災の事があったりで、世界の人々が手と手を取り合って、助け合い、支え合うことは必要なんだな、と改めて思った。

本日は「救」

この字は「攵(攴)ぼく+求」から成り立っています。

「攵」は、うつ、という意味があります。
「求」は、一点をもとめて分散していたものが集まるの意味があります。

無秩序に分散しようとするものに歯止めをかけておさめ、すくうの意味を表すそうです。

自分に出来る「救」は、やろうとしていないだけでまだまだあると思うけど、そんなに難しく考えたり、重く考えず、まずはセカイが同じ方向に向うこと!

セカイはでっかすぎるから、、、アジアが、、、日本が、、、日本人が、、、自分と自分のまわりの人が。

どんな事でもそうやけど、人が集まって同じ方向に向って協力し、助け合い、支え合った時に出るパワーはスゴイ!

その過程で様々な問題があり、険しい道のりになるかもしれんけど。それでもやっぱり集まった「ひとつ」のパワーはでっかい!

まだまだ知らんことがいっぱいある。皆さん、実際に経験した事を、そのままにせず、誰かに伝えてあげて下さいね。

2011年10月9日日曜日

命


9月30日やっと出逢えました。わが息子!はるき!

命の誕生には、たくさんの軌跡と、たくさんの奇跡が幾重にも連なり、繋がっているのだと、わが子を抱き、小さな小さな息遣いを肌で感じ、改めて分かった気がします。

そして、命の誕生とは、やがて来る終わりにも繋がっています。

今年、東日本大震災により多くの命が奪われました。

わが子の事もあり、自分の中でこんなにも「命」と向き合う一年は今までありませんでした。

本日は「命」

命は、「口+令」から成り立つ文字。
漢字の成り立ちからだけで解説すると、言いつけるの意味があります。
しかし、「命」には、さだめ、巡り合わせや、みこと(神や貴人の名に添えた敬称)や、誓いの言葉など、様々な神聖で、人が生きていく上で関係している何かに関わる意味を持っています。

震災直後は、こんな風に「いのち」を語れる程、「いのち」を重んじてきたかと言われれば、そんなことはなく、こーゆう状況や体験をしてようやくわかってきた意識の薄さにはほとほと飽きれたりしました。

まぁそもそも「命」を語るなんて必要ありませんが。。。これはちょっとした俺の想い!

とある友達に、わが子誕生の連絡を入れたら、こう言われました。

「パパ0歳やな。」

29歳の俺は、なんか、ハッとさせられる一言でした!

年齢は29歳。しかしいくつになっても、人は何かのキッカケがあれば、そこからがスタートなのだと。

「命」の重さを知るのに遅いも早いもなく、知らずに生きていくより、知って良かったと思えました。

そして、自分の生涯にいくつもの軌跡を残せるように、年齢ではない、様々な経験年齢を積んでいこうと思いました。

パパ年齢は、わが子と共に今からが始まり。すごいスピードで成長していくわが子に負けぬよう、しっかり歳を重ねていきたいものです!

2011年9月25日日曜日

灯


昨日お邪魔したカフェで見つけました!!

そぅ、ロシアからはるばるマトリョーシカ!笑

何気に認知度高い、このロシアの民芸品。でも、何十年ぶりか、ってぐらい久々に見た気がします。

で、テンション上がってさっそく分け分けしてみました!!

なかなか久々だと、この次から次へ出てくるお得感はいいもんですね。

もうすっかり秋を感じさせる朝晩の肌寒さから、あわく暖かい灯りにまもられて、こんなことしながらホッコリしてしまいました。

今日はその時感じた秋の「灯」

この字は、あかり、ともしびと読み、元々は、「燈」の方がよく使われていました。

その字のとおり、火が登るから成り立ち、照明があたった対象物をはっきりと視界の中に映し出す火、の意味を表します。

まさに「灯台」に使われるように、人々の光の道しるべのような役割をしているんですね。

でも、これは辺りが暗いからこそ引き立ち、導かれたり、引き寄せられたりするんだと思います。

そのカフェも、昼と夜とでは訪れた時の印象は違ってくるもの。

普通の道ですら感じたことないですか?同じ道でも昼と夜では。。。

これからの季節はどんどん灯りに吸い寄せられる機会が多くなりますね。

人が集まるところには、いろんな「灯」がついて、更にあったかい気分になるのかな。
京都にはあたたき灯りをともしている所がまだまだありそうですね。