2013年2月26日火曜日

直


これ、夕焼けじゃなくて朝焼けですよ~

とある朝方、撮ったもの。いや、撮ってもらったもの。たまたま助手席に乗っていたプロカメラマンに!笑

運転中だったので生では少しだけしか見れなかったけど、撮ってもらったこの写真を見て吸い込まれそうになりました。

ただただ真っ直ぐにこの朝日を見つめることができますか?

あっ、特にこの問いかけには意味はありません。笑

本日は「直」

直は、+(まっすぐってこと)+目+(塀という意味合いの隠す)から成り立ちます。
隠したものにまっすぐに目を向ける、という意味があります。

真っ直ぐ、などの言葉の中でも使われますが、十と目だけなら、まっすぐ前を見つめる、という意味でいいのですが、隠したもの、という意味が含まれているんです。

人は困ったり、悲しかったり、後ろめたかったり、、、、すると目をそむける。
でもそのそむいたものに、いかに目を向けることができるかで、ちょっぴり何かが変わるのかもしれません。

向き合うってのは、そういう事なのかも。

なかなか向き合うのは難しいですけどね。

とりあえず、今はただただ真っ直ぐにこの朝日を見つめてみて下さい。

2013年1月18日金曜日

学



2013年もすでに2週間以上も過ぎてしまいました。
年明けに書初めワークショップをさせてもらったおかげで、しっかり今年の抱負も決めることが出来ました。ワークショップ後に自分にご褒美。

至福。

甘い。甘すぎる。

いや、ケーキじゃなくて自分に。

今日は雪が舞ってました。朝、小学校の前を通りがかった時、目を疑いました。
半袖でドッチボールする小学生。

見てるこっちが余計さむなりました。

でも、確かに「子供は風の子」なんて昔言ってたように、子供はわりと薄着。

あの頃は確かに薄着で鼻水垂らしながら遊んでたな~。うちらの時は手打ち野球ってのが
流行ってまして、赤白帽子をボールのように丸めて、名前どおり手で打つっていう。。。

ま~それはさておき、久々に昔を懐かしんで学びやの心を思い出したので、

本日は「学」

学の旧字体は「學」。この字は先に言ってしまうと、観測の際に出来た文字なんです。
文字の上のゴチャゴチャしてるところは、真ん中に××とありますが、これは天の中心点と地の中心点を意味しています。

その左右は「手」を表し、その中心点を支えているという意味を持ちます。
そして、その下のワ冠は祭壇、つまり観測台であり、その中にある「子」は、子供じゃなくて、
子午線の子で、方位の「北」を意味しているそうです。

学という字には方角的な意味が含まれているということが分かりました。
幼い頃、自分の人生の出発地点として多くを学び、失敗し、褒められ、傷つけられ、まるで人生の方角を今から決めていく。。。。という意味で学校と称し、用いられているわけではないでしょうが、

寒い中あんなに元気に走り回るチビッ子を見て、さむッッなんて言ってる場合じゃねーと、
俺も歳くったなー、と感傷に浸ってる場合ちゃうでー、と思わなければと思った今日でした。笑


2012年12月8日土曜日

美


海外の知り合いの方からのご依頼で書きました。
僕の字をタトゥーにしはりました。

分けわからん漢字をいれている外国の方たちがいまだにいらっしゃいますが、知り合いの方は理由も明確!ならばと受けたご依頼。

出来上がりを見て、初めて人の身体の一部に自分の字が残る、というこのなんだか不思議な感覚に少々とまどいました。

字に宿るチカラをこんなカタチで捉えたのも初めてでした。

本日は「美」

「美」は「羊+大」から成り立っています。「大」はここでは健康で強壮な男子のことを表しています。
また、美という漢字自体が羊だけを形どった漢字であるという説もあり、羊は神にささげられる生贄として使われていたことなどから、神にささげる際に全身が無欠の完璧なものでないといけない。何処にも欠陥のない羊を美しいとしたことから、羊と美の文字としての密接な関係性もうかがえるそうです。

現代では無欠どころか皆さんいろんな着飾り方して美を追求していますね。本来の美の意味とは違ってはいますが、美へのあくなき探究心は今に始まったことじゃないでしょうし。
あっ、美味しい、にも美って使われてますねー。料理、スポーツなどなど、いろんなとこで美が追求されてます。

歳を重ねるごとに容姿を今まで以上に気にしないと大変なのに、美人より、美心と言われたいと思うようになった今日この頃。無欠な心は若干、、、いや、、、もうだいぶ、、、絶対無理ですがね。

それでも人生の有終の美を飾りたいもんです。


2012年11月3日土曜日

冬


いやはやめっきり寒なりました。急に寒なったので、大急ぎで色付きはじめなあかんやん、冬支度しなあかんやん、ってボヤキが自然界から聴こえてきそうなぐらい。


冬が苦手は僕は、とりあえず早くも靴下2枚にヒートテック着込んでます!


本日は秋通り越してしまったんで、「冬」

冬は、「日+夂」から成り立っています。「夂」は「終」という字の原字で、「終」は、糸の最後の結び目の部分のカタチを表しているそうです。

後に、冬の季節は氷の季節という意識が強くなって、「夂+氷」から現在の「冬」になったそうです。


苦手なだけで、冬は冬で素敵な景色やイベントがありますねー!クリスマス、イルミネーション、スキースノボー、温泉でほっこり、お鍋、忘年会、コタツでざこ寝、コタツで蜜柑。。。。やっぱ寒いのが苦手なだけかも。
どんどん楽しい事出てくる~笑

嫌な日や、疲れたーって時も一緒で、次にしたい楽しい事考えたらいいんやな~

冬は終わり、って意味だけでなく、次につながる大事な季節やね。












2012年10月13日土曜日

道


すっかり秋です!

地面に限りなく近づけて撮ってみました。これは虫さんたちが見てる景色。途方もないぐらい果てしない道。でも僕らが歩けば一瞬。

それぞれにとっての道の長さはそれぞれ違う。長さも、太さも。
歩いてる時は長く感じる事もあるし、短く感じる事もある。

本日は「道」。

道は、「しんにょう+首」から成り立ちます。この、しんにょうは、行く、の意味をもち、首が行く、通る、という意味に。

そうなんです。実はこの漢字はちょっぴり怖い漢字なんです。

古代中国では、自分の領地を塀で取り囲み、そこから外へ抜ける道には敵の首を埋めて、攻め込まれないように「まじない」をしたとする説。

または、敵から討ち取った生首をちょうちんのようにぶら下げ、「まじない」がわりにして外に通じる道を進んだとする説。などがあります。

いずれの説もまじないがわりに使ったことが道の漢字の成り立ちに含まれています。

日本でこのような意味として使われてきたわけではないでしょうが、けっこうおっかない漢字なんですよ。

街中に溢れている「道」。人生というなの「道」。どの道を進もうが選ぼうが、どうせ進まなあかんのなら、行けるとこまで行ってみよー!


どんな道なのかわからず進む。足並みはもちろん遅くなる。それが当たり前。


どんな道かわかって進む。それは何度も歩いた道。勢いよく歩く。それは自信。


なんか詩っぽくなっちゃいましたが、、、どんなカタチであれ、一歩一歩あるいていくしかないんだと思います。