2011年10月15日土曜日
救
先日、うちの父ちゃんがベトナムに行ってきました!
出不精の父ちゃんがよう行ってきたもんやわ。帰国して間もなく何枚も写メを送ってきました。
よっぽど楽しかったのか。。。うらやましい!!笑
そんな父ちゃんが、ベトナム旅行の中で見た現実。ベトナムで目の当たりにした貧困の事を言っていました。
他の誰からでもなく、父ちゃんからその言葉を聞き、何故か、ドスッと心に響いた。
やっぱりテレビやネットの映像で見る事はあっても、それを目の当たりにすることはなかったから、意識の中では薄かった。
別に偽善者ぶったり、聖職者を目指してるわけじゃないけど、東日本大震災の事があったりで、世界の人々が手と手を取り合って、助け合い、支え合うことは必要なんだな、と改めて思った。
本日は「救」
この字は「攵(攴)ぼく+求」から成り立っています。
「攵」は、うつ、という意味があります。
「求」は、一点をもとめて分散していたものが集まるの意味があります。
無秩序に分散しようとするものに歯止めをかけておさめ、すくうの意味を表すそうです。
自分に出来る「救」は、やろうとしていないだけでまだまだあると思うけど、そんなに難しく考えたり、重く考えず、まずはセカイが同じ方向に向うこと!
セカイはでっかすぎるから、、、アジアが、、、日本が、、、日本人が、、、自分と自分のまわりの人が。
どんな事でもそうやけど、人が集まって同じ方向に向って協力し、助け合い、支え合った時に出るパワーはスゴイ!
その過程で様々な問題があり、険しい道のりになるかもしれんけど。それでもやっぱり集まった「ひとつ」のパワーはでっかい!
まだまだ知らんことがいっぱいある。皆さん、実際に経験した事を、そのままにせず、誰かに伝えてあげて下さいね。
2011年10月9日日曜日
命
9月30日やっと出逢えました。わが息子!はるき!
命の誕生には、たくさんの軌跡と、たくさんの奇跡が幾重にも連なり、繋がっているのだと、わが子を抱き、小さな小さな息遣いを肌で感じ、改めて分かった気がします。
そして、命の誕生とは、やがて来る終わりにも繋がっています。
今年、東日本大震災により多くの命が奪われました。
わが子の事もあり、自分の中でこんなにも「命」と向き合う一年は今までありませんでした。
本日は「命」
命は、「口+令」から成り立つ文字。
漢字の成り立ちからだけで解説すると、言いつけるの意味があります。
しかし、「命」には、さだめ、巡り合わせや、みこと(神や貴人の名に添えた敬称)や、誓いの言葉など、様々な神聖で、人が生きていく上で関係している何かに関わる意味を持っています。
震災直後は、こんな風に「いのち」を語れる程、「いのち」を重んじてきたかと言われれば、そんなことはなく、こーゆう状況や体験をしてようやくわかってきた意識の薄さにはほとほと飽きれたりしました。
まぁそもそも「命」を語るなんて必要ありませんが。。。これはちょっとした俺の想い!
とある友達に、わが子誕生の連絡を入れたら、こう言われました。
「パパ0歳やな。」
29歳の俺は、なんか、ハッとさせられる一言でした!
年齢は29歳。しかしいくつになっても、人は何かのキッカケがあれば、そこからがスタートなのだと。
「命」の重さを知るのに遅いも早いもなく、知らずに生きていくより、知って良かったと思えました。
そして、自分の生涯にいくつもの軌跡を残せるように、年齢ではない、様々な経験年齢を積んでいこうと思いました。
パパ年齢は、わが子と共に今からが始まり。すごいスピードで成長していくわが子に負けぬよう、しっかり歳を重ねていきたいものです!
2011年9月25日日曜日
灯
昨日お邪魔したカフェで見つけました!!
そぅ、ロシアからはるばるマトリョーシカ!笑
何気に認知度高い、このロシアの民芸品。でも、何十年ぶりか、ってぐらい久々に見た気がします。
で、テンション上がってさっそく分け分けしてみました!!
なかなか久々だと、この次から次へ出てくるお得感はいいもんですね。
もうすっかり秋を感じさせる朝晩の肌寒さから、あわく暖かい灯りにまもられて、こんなことしながらホッコリしてしまいました。
今日はその時感じた秋の「灯」
この字は、あかり、ともしびと読み、元々は、「燈」の方がよく使われていました。
その字のとおり、火が登るから成り立ち、照明があたった対象物をはっきりと視界の中に映し出す火、の意味を表します。
まさに「灯台」に使われるように、人々の光の道しるべのような役割をしているんですね。
でも、これは辺りが暗いからこそ引き立ち、導かれたり、引き寄せられたりするんだと思います。
そのカフェも、昼と夜とでは訪れた時の印象は違ってくるもの。
普通の道ですら感じたことないですか?同じ道でも昼と夜では。。。
これからの季節はどんどん灯りに吸い寄せられる機会が多くなりますね。
人が集まるところには、いろんな「灯」がついて、更にあったかい気分になるのかな。
京都にはあたたき灯りをともしている所がまだまだありそうですね。
2011年9月11日日曜日
音
京都はちょっぴり暑さが戻りましたね。
とはいえ、いつの間にか過ぎ去った夏。夏の終わりにちょっぴり寝ぼすけだったのか遅がけの蝉。
この蝉の抜け殻を見て、いつの間にか聴こえなくなった夏の声に気づかされました。
夏を暑さだけでなく、蝉の声や風鈴の音、花火の音などで感じる事が出来るってのも日本ならではですね!
本日は「音」。
音は、なんか似ている字があると思いませんか?
「言」っていう字。
実は音は、「言」っていう字に「一」を加えた字なんです。「言」って字は、神に誓って祈ることばの事をいい、この祈りに反応した神からの返事を「言」に一本線を加えて、表した字が「音」だそうです。
言と音が文字として繋がっている。そんな意味知らんくても何となくわかる。。。かも。
発する言葉は、誰かのために、または自分のために出す音。音がどんだけ重要か、真っ暗な大自然の中で耳をふさいでみたらいい。
交通量の多い交差点で耳をふさいでみたらいい。
そこには「無」が存在し、視覚までも麻痺させる。
すぐに音の大切さを感じる事が出来る。
あの音楽聴いたら、あの頃思い出す。。。とかないです?
それほど音は知らず知らずのうちに私たちの頭の中に入りこんでいる。
良くも悪くも、「音」ってすごいPowerを持ってるんちゃうかなー、と素人ながらに思いました。
2011年9月3日土曜日
顔
街中で見つけて、思わずパシャリ。
人は歳をとればとるほど顔つきが変わり、老けていく。
でも決して老けていくことは、悪いことじゃない?のか?
今日は「顔」
顔って文字は「彦+頁」から成り立っています。
「彦 げん」は、顔料の意味があり、「頁 けつ」は、儀礼の時に礼拝している人の横顔を表したものだといわれています。
顔に様々な経験という色が加わり、まるで化粧をほどこすように、、、そして生きてきた各々の道が、シワとなる。って考えてみた。
人相学があるぐらいやし、手相が変わっていくんと同じように、顔にはその人の生きた証があらわれていくんかなー。
いい事ばっかりじゃなく、眉間にシワよせるような嫌な事もあるけど、写真のような、ええ顔!。。。でありたい。歳をとればとるほどに。
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